March 06, 2022 at 10:52AM

Some may consider me as a “gatekeeper” of Sashiko, the reason for my voices are rather primitive. I just want to protect my mother’s smile, and many smiles that my mother can initiate. In order to do so, I share stories so that I can pass down the Sashiko that makes my mother (Keiko) & our friends smile. It is as simple as that.

One of the significance in Japanese culture is “Inclusion of Difference”. The society in Japan tends to be clannish at the beginning. However, once they decide to accept, the “difference” itself isn’t the issue. Instead of trying to change the difference to be part of “the society”, they include the difference itself. (One result is the Shinto & Buddhism in one place).

Insisting on the “rules” in Sashiko is based on the Western Mindset in Commercialism. Rules exist in Sashiko, but they aren’t for restricting others. The principal of Keiko’s teaching is “No-Rule”, and I am here to support her Sashiko, which is the fundamental of the Sashiko I try to pass down. Your choice supports her & her friends directly. Your choice is the gatekeeper of Sashiko.





英語圏で刺し子のお話をしていると、文化的な説明をしながら刺し子的な考え方の大切さを伝えることも多く、結果として「あなたは刺し子文化の守り手だね」とお言葉を頂くことがあります。事実、日本的な刺し子、日本人の営みとしての刺し子は後世に残したいと思って活動している訳ですが、刺し子をしている動機はもっと単純な所にあります。それは「この母親の笑顔と、そして母親が笑顔にできる人達の笑顔を守りたい」というものです。正直、どの刺し子が正解かなんていうのに興味も執着もありません。味噌汁に正解がないのと一緒で、各地の刺し子に特色こそあれ、それは好みの違いかなと思っています(もちろん、”できない”のを”必要ない”というのは駄目ですが)。触れてきた沢山の笑顔を守るためにはどうしたら良いか。それが僕の原点であり、またその熟慮の結果が配信だったり運針会だったり、また英語での「強めの言葉」だったりします。

刺し子には各地の特色があり、その特色の中にはルールも正解も存在します。ただ、それらは愛されるものや守られるものであり、違いを排他するものではありませんでした。それが日本の”曖昧さ”や”適当さ”の素晴らしさです。違っても共存できる。残念ながら日本国外では違いを排他するのが当たり前です。宗教史だけ見ても、日本の宗教観と、西洋の宗教観は全く違います。だからこその、このアカウントの存在意義だと思っています。刺し子をしていると沢山の笑顔に出会います。その笑顔に人生を支えられた一人です。守り手なんて大層なもんじゃなく、ただ一人の刺し子好きとして、今後も想いを重ねられたらと思っています。

#Sashiko #JapaneseSashiko #刺し子 #日本人の刺し子


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